人間は横断しかできない。カニは縦断しかできない。だから路面電車はとても邪魔。
これは間違っているし、意味不明な理論だろうと思う。でも、私の感覚は本気でそう言っている。
共感してくれるひとがいたらいいなあ、と思いながら雑記ブログとしてまとめてみた。
路面電車が邪魔な理由
路面電車は邪魔。
人間は横断しかできないのに、路面電車は車道に線路を引いて(しかも縦に!)、勝手に自分の領域を作っている。
人間は横断しかできないのに、路面電車が縦に線路を引いたらどうなるか、答えは明白だ。縦断できない(横断しかできない)人間は、路面電車の線路のせいで横断すらできなくなってしまう。人間は平行移動するしかなくなる。路面電車に伴走するばかりで、目的地に行くのが困難になってしまうだろう。
通常の電車のように、地下鉄で棲み分けするならいい。でも路面電車は違う。車道に線路があると困るのだ。故に、路面電車は邪魔。
このことを家族に話したら、父は困惑していた。お前は普段、踏切を渡っているじゃないかと。路面電車だってそれは同じだ、踏切から渡ればいいと。私の理論だと、父の言葉の半分は正解、半分は間違いだ。だって、踏み切りは縦じゃない。横だ。路面電車は人間に唯一許された横断を禁じているのだから、踏切とはちがう。
そもそも人間が横断しかできない根拠は?と疑問を呈する人もいるはず。
説明する。
なぜなら人間は縦だからである。
人間は縦の立場で、カニは横の立場だ。
人間が縦の立場の理由
「人間だって横を向ける」と主張したい人もいると思う。
まっすぐ歩いているときを縦の立場だとして、角を曲がろうと左を向いたら?人間は横を向いてるから、横の立場だという論理。それは、根本的に間違っているのかもしれない。
仮に人間Aと、人間Bがいたとする。人間Aはまっすぐに歩いたあと、左に曲がった。人間Bは人間Aを見て「あの人は横を向いている。縦の道を断ち切っていった。縦断しているなぁ」と認識することができる。
しかし、それは本当に、「人間が縦断した」ことになるのだろうか?
ここで、人間Aの立場を考えてみよう。人間Aはまっすぐに歩いたあと。体を左に向けてまたまっすぐ歩きだした。「曲がる」というのはそういうことなのだ。一見横を向いているように見えても、歩いている当人からすれば横なんて向いていない。主観はいつでも前を見ていて、まっすぐ進むだけ。それを周りが勝手に「横」と言っているだけだ。
それは「横断」ではなくて、「横断に見える縦断」のはずである。
と、ここまでが家族と話した結論だった。
新たな気づき!
しかし、この話を書いていて私は気づいた。人間が縦の立場をとるのは、前を向いているからだという主張にはまったくもって妥当性がないことに。
よく考えれば、人間もカニも前を向いているのは同じだ。なのに、カニだけが横の立場になれるなんて、論理が破綻しているではないか。それに気づいたとき私は分かった。「立場」を決めるのは、どこを向いているかではなく「どう歩くか」だ。
これに気づいて、これまで話してきた全てはひっくり返った!
人間はふつう、縦歩きをする。カニのように横歩きをすることはないだろう。でもそれはあくまで慣習であり、人間の能力の限界と同義ではない。人間だって、横歩きをすることで縦断できる。人間が縦断する方法が、ただひとつ見つかった。カニから着想を得ればいいということだ。
カニだけが世界で唯一縦断可能な上位存在で、私たちはその点においてカニに勝つことはできないはずだった。人間は哀れだった。しかしどうだろう、人間もやろうと思えば縦断可能だと発覚した今、それは逆転する。
本当に哀れな存在とはカニなのだ。人間は縦断も横断もできるのに、カニは縦断しかできない。
タイトル詐欺のようになってしまった。ごめんね、カニ(´;ω;`)
「横断歩道」という名称はおかしい。
私は横に伸びた道路を縦断しているだけなのに、それを横断と決めつけられるのはまるで、上から目線の世界に嘲笑されているみたい。
人間の主観で横断なんてできない。それを横断とみなしたいならそれでもかまわないけど、フラットなはずの歩道を「横断」歩道だなんて名づけるのはちがう。
歩行者優先なんて名ばかりで、車が自分の道を横断されたと思っているんだろう。
本来なら「縦横断歩道」とか「みなし横断歩道」みたいな言い方が適切だと思う。
路面電車のあるべき姿
そういうわけだから、路面電車が走っている線路を人間が横断するのは難しい。というわけで、路面電車が走る道路には、必ず連続した横断歩道をつけてほしいのだ。
人間が線路を横断するのではなく、路面電車が歩行者用横断歩道をさらに横断してほしい!
見てくれてありがとうございました(^▽^)

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